戦時下から敗戦、そして戦後復興期にかけて変貌し続けた谷崎源氏というテクストの動態を通して、現代に生きる我々の「源氏物語観」の淵源を遡り、それが醸成される足跡を検証する
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本書の目指すところは、創作の傍らでなされた「副次的な仕事」としての検証に留まらない。天皇、皇族の人生を描く『源氏物語』は、戦時下においては不敬文学としてあらぬ批判にさらされ、戦後においては民主化、欧米化が急速に進む中で忘却されてゆく可能性もあった。この作品が現代を生きる我々にとっても依然として、「日本人」のアイデンティティに深く関わる「聖典」で在り続けていることの背景に、「昭和源氏」の影響があったことは疑いない。谷崎源氏という企画は、『源氏物語』享受史上において作家の手による源氏訳という方法を確立し、社会規範や国家観が大きく変容してゆく日本社会をにらみながら約三〇年という長期間に亘り繰り返された。〈新訳〉草稿から浮かび上がる実態の数々は、文学研究を越えて、巨視的に見れば戦前・戦後の社会・経済・文化、微視的には日本人の心性の連続と断絶を考察する格好の素材ともなろう。(序章より)
(目次)
序章
一 『源氏物語』の近代
二 谷崎源氏の概要と本書の構成
三 本書で明らかにしたいこと
研究編
第一編 昭和源氏の実像
第一章 二つの谷崎源氏
第二章 許されざる表象
第三章 再び『源氏物語』を「現代」に「移植」する
第四章 文体を一新する
第二編 翻訳と創作の交渉
第一章 「文学的翻訳」の創出
第二章 創作の内幕―『猫と庄造と二人のをんな』論(一)
第三章 典拠としての『源氏物語』―『猫と庄造と二人のをんな』論(二)
第三編 古典研究との往還
第一章 校閲者山田孝雄と『源氏物語』
第二章 岡崎義恵の「谷崎源氏」論
第三章 国文学者と時局
資料編
一 國學院大學蔵『潤一郎新訳 源氏物語』
草稿山田孝雄書き入れ旧訳本 本文加筆箇所対照
二 富山市立図書館山田孝雄文庫蔵自筆原稿翻刻
「源氏物語は何を目さしてかいたか」翻刻
三 最後の〈旧訳〉―『藤壺―「賢木」の巻補遺』の
ヴァリアント
終章
初出一覧
関係資料一覧
一 谷崎源氏以前、および同時代の文献
二 谷崎源氏にまつわる先行研究
三 参考文献
あとがき
初出一覧
関係資料一覧
一 谷崎源氏以前、および同時代の文献
二 谷崎源氏にまつわる先行研究
三 参考文献
あとがき
(大津直子著、武蔵野書院、13,500円+税)